安全を感じる


一年半ぶりの北海道ですが、緊急事態宣言中で手洗いやうがいの徹底。
感染症対策をして、人との距離を適切に保つことで、過度に怖がることもなく、
正しく怖がることを。

安全対策はその対象によって様々な違いがあります。
感染症ならば電車の中では、会話をなるべくしないことや、マスクをすること。
黙食などなど。
車の運転ならば、交通ルールを守ることや、危険な箇所での一時停止など
建築現場でしたら、ヘルメットや安全帯が必要ですが、
それらが適切ではない場合、違和感を感じさせます。

例えば
今まで事故をしたことがないから、車のスピードを出しすぎたり、
今まで落ちたことがないからと言って三脚の天板に乗って作業したり、
反対にオフィスで何も飛んでこないのにヘルメットや安全帯は違和感を感じさせます。

しかし、オフィスであっても本人の心の中では危険を感じる場所になっていたら、この格好は普通のものになりますし、危険を認知できないと安全がわからないので常に警戒していたり、
反対に無茶したりします。

時々心の中のこうした安全に関するセンサーが敏感になっている方がいます。
こうしたセンサーの反応がいい人の幼少期の環境を聞いていくと
安心や安全感を感じにくい環境でリラックスが難しかったり、
その環境下で生きていくために周りの顔色を窺うようになったり、
人の気持ちが気になったり、人の機嫌が悪くならないように心配していたり、
「自分が心配している限り、不安なことは起きないし、自分の責任にならない」とどこかで信じていることがあります。

なので、不測の事態が起きないように、いつも心配していますし、
その不安を刺激する人。
つまり、自分の安全基準を脅かす人がいると
本人はその「安全を脅かされる感覚」から相手に強く反応する方もいます。
※第三者には相手を責めているように見えるかもしれません。
もしくは体を緊張させて、じっと耐える人もいます。
どちらにしろ、心と体に健康とは言いにくいです。

※安全な場所を確保する

人生上ずっと警戒していることは難しく。どこかでミスや見落としは必ず起きます。
その時に激しく落ち込み。人や自分を責めるのですが、
こういった生き方は体も緊張しますし、どこか疲れます。

こうした安全を感じにくい人たちは様々な方法で安全を感じ、確保できる方法を探そうとしますが、
まず、思い出してほしいことがあるのです。

過去、何かあったとき、何度もうまく対処できた体験があるはずなんです。
思い出しにくいことばかりだと思います。なぜなら、失敗があった分だけリカバリーできたはずなのに、記憶に残っているのは失敗した記憶ばかりだからです。
なので、事実を確認したり、そのうまく対処できた体験や感覚を何度も思い出し、自分の能力について自信を育んでいって欲しいのです。

※安心感を感じさせるものは何ですか。

これ以外にも安全を感じる能力を育む方法はいくつもあると思います。
一つ一つ確認していくことや、他人と乗り越えてきたことを確認しあったり、
様々な方法で「自分には対処できる力」があることを確認していくことです。
その確認や解決の方法の中にカウンセリングが入っているといいなと思うこの頃です。

カウンセリングの場合、様々な手法がありますが、
幼少期の時に、本来対応しなくてよかった家族間や環境の中で感じた「憤りや悲しさ」。
安心できない「怖さ」など。その人独特の感情を消化して、新しい信念を入れていくことで、
安全を感じていくことが容易になっていきます。

解決に向かっていくと、当たり前のように警戒していたことが、
実はその警戒自体が必要なく。
怖さを感じる環境のみで正常にセンサーが働き、正しく怖がることができるようになる。
その余ったエネルギーを人生を楽しむことに使えるようになります。
乗り越えていく力が自分の中に感じることができるようになります。

人生に基本的な安心感を感じると生きていくこと自体が楽になっていきます。
そのお手伝いができれば幸いです。