失敗からの回復


全国的にコロナの感染者が増えてきました。
私もカウンセリングはほぼオンラインに切り替えて、
対応させていただいています。


今回のコロナの感染拡大関係で12月のセミナーを動画での授業に変更して
確保していた会場をキャンセルすることになりました。


その会場はキャンセルする際に「印鑑」が必要になるため、
前日から印鑑を準備し、午後からの予定に合わせて会場へ向かいました。


前日の夜は、同じ会場で動画を取り、
ちょっと体が重い状態で会場へ向かいました。
受付の方に「12月の中止」を伝え印鑑を出そうとバックを開けたところ
会場の「変更申込用紙」は準備していたのに、肝心の印鑑がありません!


「..????…」頭の中が混乱しました。
一瞬、スられたのかとも思いましたが、机の上に置いていたケーズごと持ってきていませんので、おそらく机の上です。
受付の方とお話をします。


「印鑑ないとだめですよね」
「ほかの方もされている決まり事なので。。。」


当然ですよね。


気持ちとしては、「がっかり」です。疲れもたまっていたせいか、体も重く感じます。


少しだけ、ボーッと座っていたのですが、頭の中ではいろいろなことが起きていました。
「河野大臣もハンコを電子化させるといっている!ここは遅れているのか!」
「折角来たんだからどうにかならんのか!いや、どうにかしろ!」
という他責の気持ちや
「なんで忘れたんだ」とか「あれだけ準備したのに」「疲れた。。。」
など、自責もあれば
「ちょっとぐらい融通をきかせてよ」とか、「頭硬いな」
とかズルしたい気持ちも湧きます。


でも、ルールはルールです。
事務員さんにもどうにもできません。


で、仕方なく会場を後にしたのですが、もう一度会場に来る往復の時間を考えるとなかなか次の行動に移れません。


少しだけ外でボーっとしていた時に11月24日にした講座の内容を思い出しました。


講座は「自我状態」という内容でした。

※講座で使ったフィリップをそのまま使っています。

上のP(ペアレントの略)部分は外部から学んだ反応です。
今回の場合ですと批判的な部分の
「河野大臣もハンコを電子化させるといっている!ここは遅れているのか!」
という反応にあたります。


下の部分のAC(合わせている子ども)の部分は
子供っぽい反応の部分です。
「折角来たんだからどうにかならんのか!」
「いや、どうにかしろ!」
「ちょっとぐらい融通をきかせてよ」など、
感情的で幼い感じがします。


こういった反応は外部の刺激に対して対応の仕方の一つで、
問題解決に至る考えにはつながりにくいです。


で、真ん中のNC(自然な子ども)と書かれた部分に「本当の気持ち」と書かれています。
問題解決に必要な感情の部分です。


今回の場合でしたら、自責もありましたが、気持ちの大半は「がっかり」した気持ちや、物事がうまくいかないで「傷ついた」気持ちでした。


感情は期待と現実との差が大きい時に感じる自然なものです。
今回の場合「判子を忘れた」ということと、準備をしていただけに「がっかり」して傷ついていたということでした。


このNCの部分の気持ちは自然な感情ともいわれていて、
問題解決に必要な感情ともいわれています。
その自然な感情を感じれないといろいろな不具合が起きたり、
軋轢が起きやすくなります。


その「がっかり」や「傷つき」など自然な感情を、
信号待ちの少しの時間でしたが感じ受け入れていきました。
「ふぅ」とため息をついていたと思います。
時間にしたら3分もなかったと思いますが、すこし心が晴れてきたところで
事務員さんが言っていたことを思い出します。


「ハンコだったらなんでもいいです」


近くにはデパートがありその中にははんこ屋さんもあります。
安くハンコを購入できます。


もし、心がすっきりしていなかったら
「ちゃんとしたハンコ」にこだわったり、「ずるい感じ」がしたかもしれません。


でも、こころが晴れて抵抗がないので事務員さんが言ったことを実行して、
三文判を購入し、キャンセルの手続きができました。


もし気持ちがすっきりしていなかったら、
この事務員さんの言葉は思い出さなかったと思います。


こういったことは些細な出来事で、大きな問題とは言えないかもしれませんが、様々な場面で見受けられます。


他責や自責の念が強かったり、感情的になったりしやすいパターンを持っている人は、
自分が楽に生きるために自然な感情があり
「がっかり」や「傷つき」は弱い感情ではなく、備わっている自然な感情なんだと考えることで、
生きやすくなっていくかもしれません。